
代表プロフィール

脇坂 功彦
わきさか よしひこ
経歴
大阪府立四条畷北高校 卒業
大阪商業大学商経学部経済学科 卒業
平成医療学園専門学校柔道整復師科 卒業
朝日医療専門学校岡山校(現朝日医療大学校)
鍼灸学科 卒業
全日本鍼灸学会 会員
国家資格
柔道整復師 免許
はり師 免許
きゅう師 免許
特技
テニス(テニスインストラクター歴7年)
料理
趣味
スノーボード
サーフィン
釣り
筋トレ
学生時代からスポーツをしていてケガをする度、近所の整骨院にお世話になっていました。学生時代を通して打ち込んでいたのはテニスで、肘を痛めた時はラケットすら振れない状態でしたが、整骨院の先生のお陰で見事に回復し復帰できました。大学卒業後、一般企業に就職し、約8年間サラリーマンをしていました。大学在学中からスノーボードにのめり込み、サラリーマン時代には、冬になると毎週末スキー場に通っていました。そのスノーボードでジャンプをした際に着地に失敗し転倒、両膝の靭帯を2回怪我しました。左の膝を怪我した時、その帰りは痛くて膝が曲げられなかったので、運転の際に左脚でクラッチが踏めず、片手で膝の下から左脚を持ち上げてクラッチを踏んで操作をし、何とかして自宅まで運転して帰りました。翌日すぐに自宅近所の整骨院で治療していただきました。まともに歩けず曲がらなかった膝を、またスノーボードができる状態にしていただき、本当に先生には感謝しました。その時に「スポーツに関わりがあって、人の役に立ち感謝される仕事がしたい!」と強く思うようになりました。
「スポーツに関わりがあって、人の役に立ち感謝される仕事がしたい!」という思いはありましたが、それが具体的に何なのか自分では分からず、モヤモヤとした日々を送っていました。そんな時、仕事帰りのコンビニで、何気なく手に取った雑誌に、柔道整復師についての記事があり「これだ!」と一大決心しました。それから、しばらくして長年勤めた会社を退職し、地元大阪の平成医療学園専門学校に入学しました。朝から昼までは整骨院で仕事(修行)をして、整骨院の昼間の休憩時間を利用して、専門学校に通いました。学校が終わって、また、整骨院に戻り夜まで整骨院業務を行い、仕事が終わってから手技の練習や勉強会に参加し、帰宅後は勉強。そして、整骨院の休診日にはテニスのインストラクターも掛け持ちしていました。そのような生活を3年間続けました。
鍼灸治療との出会いは、その修行時代です。修行をさせて頂いておりました鍼灸整骨院には、ケガ以外のお悩みの患者さまも多くいらっしゃっていました。当初、スポーツで怪我をされた方を中心に施術がしたいとの思いが強かったのですが、実際に臨床の現場で働いてみて、慢性的な不調を抱えてらっしゃる方が多いことに気付かされました。それらの不調が、鍼やお灸で改善されるのを目の当たりにし、感動したのを今でも覚えています。臨床の現場で目にするまで、鍼灸治療に対して、本当に効果があるのか疑問を抱いていました。しかし、実際にその効果を目の当たりにしてからは、身体全体を診る東洋医学に興味が湧き、その考え方に惹かれていきました。
生まれ育った大阪で柔道整復師の国家資格を取得した後、私の妻の故郷である岡山県へ移住し、岡山県での独立開業を見据えて、朝日医療専門学校岡山校(現朝日医療大学校)鍼灸学科に入学しました。それから、また、朝から昼まで整骨院に勤務、昼間に専門学校に通い、学校が終わって整骨院に戻り夜まで仕事をし、帰宅後は夜中まで勉強という生活を3年間続けました。さらにハードな3年間でしたが、たくさんの患者さまのお役に立つことができ、今は、はり師・きゅう師の資格を取って良かったと心から思います。「ラクになったわ、ありがとう。」と言って頂けると、それだけですべてが報われたような気がします。サラリーマン時代にはなかった大きなやりがいであり喜びです。
岡山に来てから約18年間、県内有数の規模を誇る整骨院グループで仕事をさせていただきました。11年のうち約7年間にわたり整骨院や鍼灸院の院長として現場を任されました。子供からお年寄りまで、1日に30人以上の患者さまを担当することもあり、数多くの経験をさせていただきました。患者さまにも恵まれ忙しい毎日を過ごしていましたが、私自身も年齢を重ね移住する時の目標だった「岡山で独立開業する」という思いが強くなり、2019年岡山市中区中井に、私の想いを詰め込んだ『からだコンディショニング岡山』を開業しました。
からだコンディショニング岡山でも、「ラクになったわ、ありがとう。」という言葉を、患者さまに言っていただけるように精進してまいります。
代表 脇坂功彦








